ポーランド

ショパンゆかりの場所を訪ねて

17:36Fumie

新緑の美しい季節になりました。ワルシャワのワジェンキ公園では毎週日曜日にショパンの像の元で開かれる無料コンサートが今年も開催されます。芝生に座ってコンサートを楽しむ、ワルシャワならではの贅沢でゆったりとした日曜の午後の過ごし方です。

5月17日〜9月27日の毎週日曜日、12:00と16:00の2回公演  Photo: Poland MFA / Flickr
Photo: Poland MFA / Flickr
1810年にワルシャワ郊外のジェラゾヴァ・ヴォラで生まれたショパンは、生後まもなく父の仕事の関係により一家でワルシャワに転居し、20歳でウィーン、そしてパリへと活動の場をうつすまでワルシャワで暮らしました。ショパンが青春時代を過ごしたワルシャワの街には、今でもショパンゆかりの場所が点在しています。


ショパンの生家 Photo: Wikimedia Commons
サスキ宮殿は生後7ヶ月のショパンがワルシャワで最初に住んだ場所です。第2次世界大戦で大きな被害を受け、現在では列柱だけが残っています。

ショパンが7才の時に一家はサスキ宮殿からカジミエシュ宮殿に引っ越します。現在のワルシャワ大学です。

ショパンにとってワルシャワで三番目、そして最後の住居となったのはチャプスキ・クラシンスキ宮殿です。現在は美術大学ですが、ショパン一家が住んでいた一角「ショパン家のサロン」としてショパン博物館の分館となっています。内装はショパンの友人であったアントニ・コルベルグが1832年に描いた絵を元に再現されています。(現在閉館中)

ヴィジテック教会は戦火を免れた数少ない建物です。ショパンは15才の時にこの教会のオルガン奏者に選ばれ、毎週日曜日のミサでオルガンを演奏していました。

1818年2月24日、ショパンにとって初めてのピアノ演奏会が開かれたラジヴィウ宮殿、現在は大統領官邸です。

ショパンは社交場としてのカフェが並んだミオドヴァ通りに毎日のように足を運んだそうです。当時、そんなカフェの一軒だった 「ホノラトカ」は現在でもポーランド料理店として営業しています。

ミオドヴァ通り Photo: Wikimedia Commons
レストラン・ホノラトカ Photo: www.honoratka.com.pl
現存はしていませんが、コジャ通りにあった「ウ・ブジェジンスキェイ」と言うカフェにもショパンは友人たちとよく通っていたのだそうです。細い小道はショパンの生きた時代を思い起こさせます。

20才でワルシャワを離れ、パリで成功を収めたショパンは39才で病に倒れその一生を閉じます。ショパンの心臓は彼の望みで故郷であるワルシャワに持ち帰られ、聖十字架教会に安置されています。



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